なぜ「開府」なのか

なぜ「開府」なるものを始めたのか調べてみました。

始めて「開府」を始めた「東京開府300年」は次のようです。

その名も「東京開府三百年祭」。この年は2月に大日本帝国憲法が発布された年でもありましたが、同年の8月26日に、上野公園で盛大な催しが開かれたのです。
イベントの企画者・賛同者は、前島密ら旧幕臣を中心に、実業界、芸能界、政治家など各界の有力者の面々。委員長には榎本武揚、委員には政治家をはじめ渋沢栄一、岩崎弥之助、大倉喜八郎らの実業家も顔を揃えました。
入場券は1枚1円。芝生の広場には各国の旗章が上げられ、来賓席は江戸城の宮殿を模した装飾。江戸町火消しの名残をとどめた消防夫のはしご乗り、猿若狂言、競馬、獅子手古舞、近衛軍楽隊の奏楽、鍵屋の花火など、にぎやかな催しが続きました。また、このイベントとは別に、都内各所でも様々なお祝い行事が行われたようです。
こうして「東京開府三百年祭」は盛大に幕を閉じました――と話は終わりたいところですが、もうひと言。祝典の背景には、失われつつある江戸への回顧と、旧幕臣たちの鬱積した感情があったというのが、このお話のオチとなります

大江戸広辞苑【わ行】

「東京開府三百年祭」の詳細は当時の記録国立公文書館デジタルアーカイブにありましたのでダウンロードしておきました興味ある方はどうぞ。歴史上の有名人が中心に行っていたようです。

それでは千葉市はどうでしょうか。
千葉大学共同開催公開市民講座「千葉氏とアイデンティティ」2019.2.9の久保優氏の資料には人々が「千葉開府800年」の時どうして始めたのかがあります。これらをまとめたのが
平成 29 年度 千葉市・大学等共同研究事業報告書
でそれから抜粋すると下記になります。

いまいち分かりませんが、「千葉氏とアイデンティティ」と合わせて考えると多分こうなるのでしょう
”千葉市の源は「千葉氏」であることをことを認識して発展させよう。”
「千葉市」になったのを契機に「千葉開府800年」を行ったことを考えると「東京開府三百年祭」と通じるものがあります。

アイデンティティから意訳:アイデンティティには「帰属意識」という意味もあり、自分が企業や団体、民族など様々な集団に属してると言う意識。
なるべくカタカナは止めて欲しい。

何代も千葉市に住んでる人や、千葉市を故郷にしてる人には重要な概念かもしれません。源を「千葉氏」にするかはそれぞれです。たまたま、仕事等で短期に居住してる人は?でしょう。

千葉市に住むのもしんどいですね。