千葉氏は元々は「平」姓(=苗字、名字)でした。「平」姓から「千葉」姓に変えたのはいつでしょうか。変えた時点を「千葉氏の成立」と称するようです。
千葉氏の系図は複数あることが知られてます。入手出来た系図等から考察してみます。通常は次のようになってます。
平良文(1代)ー平忠頼(2代)ー平忠常(3代)ー平常将(4代)ー平常長(5代)ー平常兼(6代)ー千葉常重(7代)
平常重が大椎(千葉市緑区大椎町)から亥鼻(千葉市中央区亥鼻町)に移住したのを契機に千葉常重に変えたとされてます。
注 実際の場所は大椎城址、千葉城址との考えもありますが現在はこの辺だろうとするのが有力です。移住年は1126年とされてますが、これも疑問で、本サイトのテーマでもあります。
千葉体系圖󠄀
良文(1代)村岡興五郎
常重(7代)千葉大介 注 「介」は官位を意味するはずですが「大介」は不明です。単なる名前?
松蘿館本千葉系圖
良文(1代) 村岡五郎
忠頼(2代) 村岡次郎
常将(4代) 千葉小次郎
常兼(6代) 千葉太夫
神代千葉系圖󠄀
良文(1代) 村岡餘五郎
常将(4代) 號千葉介 武蔵押領使
常長(5代) 千葉介
常兼(6代) 千葉介 注 系図では常繁
常重(7代) 千葉介
千葉實録
忠頼(2代) 村岡小五郎
常将(4代) 千葉介と伝ふ。これ千葉介の初なり。
總葉概録
良文(1代) 村岡興五郎
常長(5代) 千葉介と稱す。
まさに諸説ありです。どれが正しかは断定不可能です。
良文(1代)が村岡を称するの気になったので「平良文」で検索すると
平良文(村岡良文) – 千葉氏の一族がヒットします。それによれば「良文の本拠は武蔵国村岡であったろうと推測される。」とあります。千葉氏の始祖は上總・下総(千葉県)に土着していたわけではないようです。各種の系図で「武蔵国 押領使(警察・軍時組織)」が出てくる理由がわかります。初めの頃の代は、上總・下総(千葉県)武蔵と手広くやってたようです。