葛飾八幡宮 千葉常胤が社殿を修復

 木下街道きおろしかいどうを歩いていたら千葉常胤ゆかりとする神社「葛飾八幡宮」がありました。千葉常胤と葛飾八幡宮の組み合わせは知らなかったので調べてみました。市川市役所の近くにあります。
 まずは、神社の説明版です。

 下総国(千葉県北部)の総鎮守とあり格式が高いです。
 注 編集者の解説? 神社には大地を創造した産土神うぶすながみ、その土地を管理する鎮守神ちんじゅがみ、地元の豪族をまつる氏神うじがみがあります。総鎮守とありますので下総国に数ある鎮守神の総まとめになります。鎮守神は一般に武人の神となってます。例鎌倉の鶴岡八幡宮。

次に、市川市の教育委員会の説明版です。

 これには下記があります。

治承四年(1180)源頼朝は安房国から下総国府へ入ると、自ら参拝して源氏の武運を祈願し、建久年間(1190~1199)には千葉常胤に命じて社殿を修復させたと言われてます。

 年代的には問題がありませんが、千葉常胤葛飾八幡宮の関係は記憶にないので調べることにしました。

「千葉常胤」 福田豊彦 日本歴史学会編集 吉川弘文館
「巻末の略年譜」にはでてきません。福田豊彦氏は「千葉常胤」のことは相馬御厨に関する断片的な文書と「吾妻鏡」の条文のほかには、確たる資料がのこされていない、としてます。

「丸井敬司」氏作成の「千葉常胤」に関する年表も同様に「吾妻鏡」を主に参考してます。
当サイトにある、「千学集抜粋」「千葉傳考記」にもでてきません。

「千葉常胤」と寺社については下記が知られています。「千葉常胤」福田豊彦より 
・香取社造営の造営の宣旨 建久五年(1194) 香取神宮文書
・東大寺戒壇院の造作 建久五年(1195) 吾妻鏡